静岡地方裁判所沼津支部 平成元年(ワ)39号 判決 1991年6月27日
原告
安田昌訓
右訴訟代理人弁護士
佐藤文保
被告
伊豆箱根鉄道株式会社
右代表者代表取締役
加藤覚郎
右訴訟代理人弁護士
石原寛
同
吉岡睦子
同
山川隆久
同
青木英憲
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、別紙物件目録(三)記載の建物を収去して、同目録(一)(二)記載の各土地を明渡し、かつ昭和六二年一二月二〇日から同土地明渡済みまで、年二〇〇万円の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(原告の本件土地所有)
別紙物件目録(一)(二)記載の各土地(以下、「本件土地」という。)は原告の所有である。
2(本件賃貸借契約)
原告は被告に対し、昭和四二年一二月二〇日本件土地を賃貸借期間二〇年、賃料一カ年金九〇万円で賃貸した(以下、「本件賃貸借契約」という。)。昭和六二年一二月一日現在の賃料は一カ年金二〇〇万円である。
3(本件建物の存在)
本件土地の一部上に被告所有の別紙物件目録(三)記載の建物(以下、「本件建物」という。)が建っている。
4(更新拒絶)
然るに原告は被告に対し、昭和六二年三月三一日本件土地を使用する必要があるので、本件賃貸借契約を更新しない旨通知したものであり、右更新拒絶には正当な事由があるから本件賃貸借契約は昭和六二年一二月二〇日終了した。
5(原告の自己使用の必要性)
原告には左の理由の如く、本件土地について自己使用の必要性がある。
(一) 原告は別紙A図面の青線部分の土地(以下、「イの土地」という。)で旅館を経営するものである。本件土地は別紙A図面の赤線部分の土地で、旅館から近距離の場所にあり、旅館の駐車場として最適の場所にある。
(二) 右旅館の営業にかかせない駐車場として使用している沼津市内浦三浦字久伏一九番の一の土地(以下、「ロの土地」という。)は、普通乗用車が4.5台置ける位の広さである。しかも、その駐車場にしている土地は旅館の玄関前の場所で、自動車を置くと旅館に入る客に非常な不便を与え、外観上も好ましくない。その上、駐車場が狭いため、旅館の営業に多大の支障をきたしている。しかもロの土地は訴外相原浩人に対し静岡地方裁判所沼津支部に於ける調停に基づき明渡さなければならないことになっており(同庁昭和四〇年(ノ)第一〇号)、現在地主である相原浩人(以下、「相原」という。)より明渡請求をされ返還せざるを得ない状況である。その明渡請求されている土地の範囲は右駐車場の土地・建物・玄関の場所等で別紙B図面の赤線で囲んだ部分である。このロの土地の北側土地の一部を相原より駐車場として借用している。原告は相原に対し、ロの土地を売ってくれとの申入れをし交渉をした。しかし、相原はロの土地を売る意思は毛頭なく、売らないが本件土地との交換ならば応じても良いとの回答であった。相原はその交換以外は応ぜず、明渡してほしいとの要求である。従って、原告として本件土地の返還は死活問題である。
(三) ところで、原告は従業員を雇い旅館業を営んでいるが、現在でも、駐車場は狭く、そのため旅館の営業を著しく困難にさせている処で、是非とも駐車場を確保したい。まして、相原への返還地の明渡をした場合は、旅館の建物は玄関等一部を取り壊し、駐車場も全くなくなり、残部では旅館の営業が不可能になる。本件土地の返還が無いと旅館の営業は全く不可能になり、原告及び旅館の従業員の生活は不能となる。
6(被告の使用の不必要性)
被告には本件土地を使用する必要性はない。
(一) 本件土地の一部には木造の建物(本件建物)が建っているが、同建物は非常に古く、老朽化し、本件土地賃貸借後一度「ハマチ亭」という飲食店に使用した外空屋にし、期間満了が間近に迫った昭和六〇年ころまで使用していなかったものである。本件土地も建物が建っている外空地の一部を駐車場に使用したのみで特別の使用をしていない。本件建物は昭和六〇年ころの時点で古い建物であり、屋根・柱等は傷み、契約期間満了も間近に迫り、昭和六〇年二月原告は被告に期間満了後は更新しない旨、従って改造等しない旨通知したところ、被告は改造・改装してしまい、以後使用する様になったものである。被告は現在でも使用する必要のない建物である。
(二) 被告は契約当初より本件土地に堅固の建物をつくる計画も意思もない。現在本件建物は昭和六〇年ころより水族館の従業員一人位の宿舎・水族館の保管庫として使用しているだけであり、建物以外の敷地も庭と駐車に使用しているのみである。将来も本件土地に建物を構築する具体的計画はないのである。因みに被告は本件建物を他人に貸したことがあるのである。
(三) 被告は、本件土地の隣地の別紙A図面緑線部分に多大の広さの土地(以下、「ハの土地」という。)を有し、駐車場として使用し、さらに近距離にも多大の土地と建物を有している。
(四) 被告は本件土地の近くで三津シーパラダイスという水族館を営業しているが、本件建物をその水族館の従業員の宿舎に使用するため、又その保管庫に使用するため、さらに駐車場に使用するため本件土地を必要としていると主張するが、被告は三津シーパラダイスの水族館の土地自体が広大な土地・建物で従業員の宿舎・保管庫に使用する場所は充分あり、さらに水族館の近くに多くの広大な土地を有し、駐車場にも事欠くことなく、水族館より車で一〇分位の伊豆長岡温泉に鉄骨四階建の従業員宿舎を所有しているもので、本件土地建物がなくても何ら支障はない。
7(立退料の申し出)
原告は、後記8の調停の席上、被告に対し、金一〇〇〇万円の立退料を支払う旨申し出たが、被告はそれを何ら考慮することなく、かたくなに明渡しを拒否する姿勢に終始した。かように被告には原告と誠意をもって話し合おうとする誠実な態度が見られなかった。
原告は、本件訴訟において、さらに立退料として金二〇〇〇万円を付加して支払う、或いはこれと格段と相違のない一定の範囲で裁判所の決定する額の立退料を支払う旨の用意がある。
8(異議)
被告は本件賃貸借契約の期間終了後も本件土地を使用、明渡さない。そこで原告は同年一二月三島簡易裁判所に本件建物収去本件土地明渡請求調停を申立て、その使用に異議を述べたが、右調停は平成元年一月二六日不調となった。
9(結論)
よって、原告は被告に対し、本件土地の賃貸借契約の終了に基づき、本件建物を収去して本件土地を明渡すこと及び昭和六二年一二月二〇日から本件土地明渡済みまで年二〇〇万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否、反論
1 請求原因1ないし3の事実は認める。
なお、賃貸借期間の法的効果は抗弁記載のとおりである。
2 同4のうち、原告が被告に対し昭和六二年三月三一日で更新拒絶の通知をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
3 同5のうち、原告がイの土地上で旅館業を営んでいること、原告主張のごとき調停条項の記載があることは認めるが、その余の事実は否認して争う。
原告経営の旅館はイの土地全部で営業しているものではなく、イの土地のうち一九番の一、一九番の一二の東側部分は、第三者の千鳥海館が駐車場として使用している。
原告は、原告が本件土地の明渡を求めるのは、原告と相原浩二(相原浩人の先代)との間の調停条項により、原告の旅館の玄関口の底地を明渡さなければならないので、相原と交渉したところ、相原は本件土地の交換ならば応じるがそれ以外には応じられないというので、原告に対し本件土地を明渡して欲しいというのである。
しかし、右調停の成立したのは、原被告間の本件土地の賃貸借契約が成立した昭和四二年一二月二〇日以前である昭和四〇年五月二一日であり、右賃貸借契約の交渉当時には、当然にその調停内容が判っていたものである。
また、昭和五五年九月ころ、原告から知人土屋浩一を代理人として本件土地を被告に売りたいとの申し入れがあり、被告もこれを了承して、同年九月ころから昭和五六年三月ころまでの間、数回にわたって売買の交渉を重ね、原告からは売買価格まで提示されたが、折合いがつかずまとまらなかった事実があり、少なくとも昭和五六年当時までは相原浩二との調停内容に基づく本件土地の交換のことなどは原告において全く考えもしていなかったことが明らかであり、最近になって、相原が本件土地の取得を嘱望するに至ったので、原告はこれまでの矛先を変え、古い調停調書などを持ち出し、本件土地を交換しなければ旅館営業の継続ができなくなるから明渡して欲しいなどと言い出すに至ったものである。
しかも、前記調停成立以来今日まで既に二十数年も経過しており、その間、相原から何ら法的手続が取られていないことから見ても、これまでに解決済みの問題であると見るべきであり、これを今になって、本件土地明渡の根拠とすることは理由がないというべきである。
よって、原告がこのことを明渡の正当事由と主張することは理由がないばかりか、これを正当事由の第一に挙げざるを得ないところにこそ、原告側には、明渡の正当事由のないことが裏づけられるものというべきである。
4 同6の(一)のうち、本件土地内に本件建物の存在すること、同(二)のうち、本件建物は被告の従業員(緊急保安要員)の社宅ないし家族寮および水族館の保管庫等として使用していること、(三)のうち、被告は本件土地の隣地にハの土地を使用しており、これを駐車場として使用していること、被告は本件土地の近くにも多少の土地と建物を所有していることはいずれも認めるが、その余は全部否認して争う。
被告が本件建物を改造、改装したのは本件賃貸借契約書第三条の規定によるものであり、改修期間は昭和五九年一二月から昭和六〇年一月にかけてであるが、この間原告からは何らの異議の申し出はなかった。原告代理人佐藤文保弁護士から明渡の催告があったのは、本件建物の改修が終わった後である。
被告は、昭和六〇年一月から四月までの間、伊豆三津シーパラダイスの桟橋工事に当たって、本件建物を建設業者に建設事務所として使用させたことがあるが、その後、その一部を緊急保安要員を兼ねた被告の従業員の社宅ないし社員寮として使用している。
同(四)のうち、被告は本件土地の近くで伊豆三津シーパラダイスという水族館を経営していること、本件建物をその水族館の従業員の宿舎として使用したいこと、本件土地の一部を駐車場(もっとも被告はこれを社内用として使用しているのであって、来客用ないし来館者用に使用しているものではない。)として使用していること、被告は伊豆長岡に鉄筋コンクリート造りの従業員宿舎(但し、四階建てではなく五階建てである。)を所有していることはいずれも認めるが、その余は否認して争う。
被告は、本件土地の近くに伊豆三津シーパラダイスなる施設を持っており、かねてからこれとの関連で何らかの土地利用を考えていたことは、原告も契約当時、被告の担当者から聞いて承知していたことである。
被告は、現在、本件建物を水族館の従業員宿舎、保管庫、観光写真の現像所等として使用しているが、いずれ付近にある被告の他の施設とあわせて総合的に利用することを検討しており、本件土地は今後とも被告において使用する必要があるものである。
5 同7のうち、三島簡易裁判所において、本件土地明渡の調停の際に原告から立退料の支払による解決案の提示を受けたことは認めるが、その余の事実は、否認して争う。
被告は、今後とも、被告の事業目的のため本件土地を使用する必要があり、立退料の提供などで解決できる問題ではない。
6 同8のうち、本件賃貸借契約の期間が終了していることは争い、その余の事実は認める。
三 抗弁
1(本件賃貸借契約締結の経緯)
(一) 被告(旧商号 駿豆鉄道株式会社)は、昭和三一年九月一二日、原告の先代安田久治郎(以下、「久治郎」という。)の申し出により、久治郎に対し、金五〇万円を弁済期同年一一月三〇日の約で貸し付け、本件土地及び地上建物に抵当権を設定した(四六番一の土地につき乙区二番、四六番一〇の土地につき乙区四番、地上建物につき乙区四番)。
(二) 前記貸付金は、昭和四二年に至っても、金四〇万円が未返済の状態であったので、被告と原告との間に、原告側の意向を受けた仲介者として亡林喜六が入って、解決策を協議した。
解決策の有力案として、原告が、被告に、本件土地建物を売却することで、未返済金の清算をする案が出されたが、原告は、本件土地建物は、原告が相続することになっているものの、遺産分割協議が最終的に確定していないので、他の相続人の心証を害すると思われる土地の売却は避けたいとの申し出がなされた。
そこで、協議の上、本件建物は、付属の電話と共に代金三四〇万円で売買し、本件土地は、賃貸借となったが、遺産分割協議確定後は、本件土地も被告が買い受けるという含みをもって、当時、当地においては土地の賃貸借に保証金を支払うという慣行が確立していなかったものであるが、本件土地売買代金に相当する金七〇〇万円を保証金として差し入れた。
このことは、被告が本件土地の隣地を東海汽船株式会社から昭和四二年五月に坪当たり金五万六〇〇〇円で買受けており、これが当時の付近の更地の相場であったことからも裏づけられるし、また、本件土地建物について被告が原告に支払った金額は、保証金七〇〇万円建物代金三四〇万円合計金一〇四〇万円であるが、これを本件土地の坪数139.79坪(639.79平方メートル)で割ると、坪当たり単価五万三六六六円となり、東海汽船株式会社との前記売買価格にも近くなることからも裏づけられるところである。
(三) このような経緯があって、左記のとおり、将来、被告が現存建物を取り壊して、自由に堅固の建物を建築できるような契約内容となった。
記
賃貸人 原告
賃借人 被告
賃借物 本件土地
賃借目的 堅固の建物所有
期間 昭和四二年一二月二〇日から二〇年
賃料 年額金九〇万円
特約 ① 被告の資本系列内会社に対しては、譲渡、転貸自由
② 被告が本件土地を使用収益するため、本件土地に必要な事業施設を設けること、またその施設の大小の修繕及び新増改築をするについて被告の任意とする。
2(賃貸借目的と借地期間)
(一) 本件賃貸借契約の目的は、本件土地賃貸借契約書第一条に明記してあるように、「堅固な建物の所有の目的」である。
この文言の趣旨は、もとより本件建物が堅固の建物であるという意味ではなく、普通建物である本件建物を取り壊した後、その跡地に被告側において鉄筋コンクリート等による「堅固な建物」を建築することを原告においてあらかじめ承認するという意味で記載されているものである。
被告は、本件土地を前述の経緯をもって賃借したものであるが、賃借にあたっては、当時としては、高額の保証金を差し入れ、また、高額の賃料を支払うものであるから、被告の事業施設用地として有効に利用できるように、契約目的を堅固の建物所有目的とするとともに、前記特約2のとおり本件土地上建物の新増改築を被告の自由に委ねているのである。
また、本件契約書の案文自体は、被告が作成したものであるが、作成に当たっては、原告と協議を重ねて条項を煮詰めていったもので、契約期間については、原告の希望を入れて、二〇年間という短期間に落ち着いたものである。
(二) 右のように、本件賃貸借契約は、堅固の建物所有目的であるところ、借地法においては、堅固の建物所有目的の賃貸借については、賃貸借期間六〇年を原則とし(同法二条一項)、ただ、約定をもって三〇年以上の期間を定めた場合のみ、その約定期間を有効としている(同法二条二項)。
(三) 従って、堅固の建物所有目的である本件賃貸借契約において、期間二〇年と定めた約定(契約書第四条)は同法一一条により、定めなかったものとみなされ、本件賃貸借の存続期間は同法二条一項本文により、昭和四二年一二月二〇日の契約日から六〇年となるものである(参照最高裁判所昭和四四年一一月二六日判決民集二三巻一一号二二二一頁)。
よって、本件賃貸借契約が昭和六二年一二月二〇日終了したという原告の主張は、その前提を欠き理由がない。
四 抗弁に対する反論、再抗弁
1(本件賃貸借契約締結の経緯)
(一) 被告は昭和四二年一月末か二月ころから本件土地周辺を水族館等の用地として使用するため、購入する地を物色していた。そこで被告は本件土地の隣の広大な土地(ハの土地)の所有者東海汽船株式会社に売ってくれるよう話を持ちかけていた。
そして、被告は昭和四二年五月八日東海汽船株式会社より本件土地の隣地であるハの土地(合計約一〇〇〇坪以上)とハの土地にある鉄筋の建物を購入し、購入した鉄筋の建物は昭和四五年前後に取り壊し、更地にし以後現在までハの土地を水族館の駐車場として使用してきている。
右時期と接して、被告の代理人又は使者として被告会社に勤務していたことがある林喜六から、被告の使いとして原告の処に原告に本件土地を被告に売ってくれと言って来た。
原告は、被告が主張するような借金の返済のために売るという必要性は全くなかったことから、本件土地を売る気持ちは全然なかったので被告の申し出を断った。そうしたところ、被告から本件土地を貸してくれとの話があった。本件土地上には本件建物が建っていたが、当初の借入の申し入れの時は本件土地だけを貸してほしいとの話だけであった。その本件土地の賃貸の話が進行した或る時期に被告の代理人又は使者である林喜六より本件建物を売ってくれ、売ったらどうだという話があり、当時原告の方は建物は使用していなく、古かったので売買することになったものである。
原告は被告に本件土地を売る話は勿論一度もしたこともなく、本件建物の売買も原告の方から被告に買ってくれと申し入れたことはない。
さらに本件土地について被告は「遺産分割協議が最終的に確定していないので土地売買は避けたいとの申入れが原告からあり、遺産分割協議確定後は土地も被告が買い受けるという含みをもって。」というが、原告は全く売る気持ちはなく交渉をしたことはないのであるから、右事実は全くあり得ない。
なお、被告は本件建物の売買代金は三四〇万円であると主張するが、売買代金は金一〇〇万円である。
(二) そこで、原告は被告に本件土地を賃貸借し、本件建物を売買することになった。
本件土地を賃貸するについて、原告は本件土地から水族館へ海の底を通って行けるようにする計画は聞いたが、本件土地に本件建物を壊して新しい建物を建てることは聞いたことはなく、増して堅固の建物やビルを建てるという話はなかったし、被告の方もその構想はなかった。
2(賃貸借の存続期間)
(一) 本件賃貸借契約は堅固の建物所有を目的とする契約でなく、普通建物所有を目的とする契約である。賃貸借の存続期間二〇年は有効である。
本件賃貸借契約は、地代・保証金・期間等契約の内容は全て被告が決めてきて、原告はそのまゝ承諾したものである。契約するについて建物についても原告は被告と新たに建てるのかどうかどういう建物を建てるのか等話し合ったことはなかった。そして本件賃貸借契約は被告が全て原案を練り、文書を作成して原告の処にもってきたものである。被告は大企業で不動産業もやっており、そのプロで本件の様な契約の内容、仕方がどうあるべきか契約書の作成は充分知り尽くしていた。
本件土地賃貸借契約書第一条には堅固の建物所有を目的とすると抽象的に記載されているが、そもそも堅固の建物所有を目的とするか否かは、建物の種類及び構造によって決まるのである(借地法二条)。それを判断するについて現実の利用状況も参考とする。借地法三条は「契約を以って借地権を設定する場合に於て、建物の種類及び構造を定めざるときは、借地権は堅固の建物以外の建物の所有を目的とするものと看做す。」と規定している。本件土地賃貸借契約書には堅固の建物と記載するのみで建物の種類及び構造が何ら記載されていない。それが不明確の場合は現実の利用状況によって判断されるのである。前記のとおり、本件賃貸借契約当時、本件土地上に木造建物が建っており、その後の本件土地建物の使用状況は建物としては現在まで本件建物だけが建ち本件土地を占有してきているのである。賃貸借契約するに当って、建物を建てるとか、どんな建物を建てる等の話は原告と被告との間には何も話しをしていないのである。被告は本件賃貸借契約当初より堅固の建物を建てる計画も意思ないまゝ現在に至っている。しかも、本件賃貸借の存続期間二〇年についても被告が記載して来たのである。
以上のとおり、本件賃貸借契約は堅固の建物所有を目的とする契約でなく、普通建物所有を目的とする契約である。
(二) 仮に、当初の契約において堅固の建物を所有とする契約と認められたとしても、本件賃貸借契約はその後普通の建物を所有とする契約に変更された。
右契約当時本件土地上に木造建物が建っており、契約後も借地人の被告は本件建物の使用を年々少くし、「ハマチ亭」として飲食店に使用した外は空家にし、二〇年の期間満了近くの昭和六〇年ころより使用し始めたのである。さらに被告には本件土地上に堅固の建物を建てる計画も意思もなかったし、今後もないものである。契約以後、被告より賃貸借の存続期間二〇年間の定めに関し、何ら異議、文句も言ってこなかったものであり、被告は普通建物の所有を目的とする借地契約であることを認容したもので、それに変更されたものである。
3(権利濫用)
被告は本件賃貸借の存続期間二〇年の約定は無効であると主張するが、被告がその無効を主張することは禁反言に反し信義則に違反し、権利の濫用である。
本件土地の賃貸借締結の経過は前記のとおりである。本件賃貸借契約は全て借地人の被告の主導で作られたものであり、原告は地代・保証金・賃貸借期間等契約条件について、被告の提示した条件を何ら疑いもなくそのまゝ承諾したものである。契約書も被告が作成して来たものである。本件賃貸借契約当時、被告は大手会社の系列の一つで、不動産業も営み取引を為し、不動産賃貸借契約も多数手懸けているのであり、契約については借地法との関係でどうあるべきか充分熟知しているものである。かような被告が本件賃貸借契約を主導して決め、賃貸借の存続期間二〇年も被告が決めて来たものであるから、その被告がその賃貸借期間の無効を主張することは禁反言に反し、信義則に違反し、権利の濫用である。
五 再抗弁に対する反論等
1(普通建物所有目的への変更に対して)
原告は、当初の契約において堅固の建物とする契約と認められたとしても、その後、本件賃貸借契約は普通建物を所有する契約に変更されたと主張する。
しかし、二〇年間建てなかったからといって本件賃貸借契約が普通建物所有を目的とする賃貸借契約に変更されることはあり得ない。
ことに、被告は、前記のとおり、当時の更地価格の六五パーセントもの保証金を支払って堅固の建物を所有する目的で本件土地を賃借したものであり、たとえ現在は普通建物が建っていても、いずれ将来は堅固の建物の築造を予定しているものであって、二〇年の間に堅固の建物を建てなかったからといって、その契約内容が変更されるごときことはあり得ないものである。
この点に関して、有力な学説も、非堅固か堅固のいずれの所有を目的とするかについては、「借地契約の内容によってきまる問題であり、「たとえば、堅固建物所有の目的で設定された借地権の存続中に借地人が借地上に非堅固建築を築造しても、それによってこの借地契約が非堅固建物所有の目的に変わるわけではない。」(鈴木禄弥 借地法下巻 六七八頁、同所に引用の判例の参照)として、被告の右主張を裏づけている。
原告は、被告において今後とも本件土地上に堅固の建物を建てることはないと主張するが、被告としても、今後何らかの観光施設の用地として使用する計画があり、本訴判決の結果、賃貸借期間が確定されれば、早速、その検討準備に入る予定である。
2(権利濫用に対して)
原告は、被告が本件賃貸借の存続期間を二〇年と定めておきながら、この約定を無効と主張することは禁反言に反し信義則違反であり、権利の濫用であると主張する。
しかし、前述のとおり、当初の契約に当たっては被告から更地価格の六五パーセントにも相当する保証金が支払われているのであるから、契約当初においては、被告が相当長期間にわたって本件土地を使用することを当然のこととして容認していたものというべきであり、被告の右主張は理由がない。
第三 証拠<省略>
理由
第一当裁判所が認定した事実
<証拠>並びに弁論の全趣旨に当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実を認定することができる。
1 株式会社安田屋旅館は、昭和二三年四月一九日に設立登記された旅館営業等を目的とする法人であるが、代表取締役は原告の父久治郎と久治郎の母ときで、原告の現在の肩書住所地(イの土地)で安田屋旅館を営業していた。
2 被告は、旧商号を駿豆鉄道株式会社と称し、現在は鉄道事業、飲食店経営、観光事業、不動産業等を目的とする会社であるが、不動産業を開始したのは昭和四一年ころ熱海においてであり、沼津市内浦三津では水族館経営を中心とする事業を営んで来た。
3 別紙物件目録(一)の土地については、昭和二九年七月二三日受付で田方郡内浦村から原告に対し贈与を原因として、同目録(二)の土地については、昭和四二年一二月二一日受付で久治郎から原告に対し相続を原因としていずれも所有権移転登記がなされている。
4 久治郎は昭和三一年九月一二日、駿豆鉄道株式会社から金五〇万円を借入れ、本件土地につき、債権者を同社、債務者を久治郎とする債権額金五〇万円の抵当権設定登記が経由された。
5 原告は、昭和三四年五月三一日に株式会社安田屋旅館の代表取締役に就任したが、久治郎は昭和三五年二月一一日に死亡した。
そのころ株式会社安田屋旅館の経営状態は良好ではなかったようで、同社は昭和四一年一二月三一日に解散し、清算人に原告が就任し、昭和四二年九月三〇日に清算が結了した。
その後、安田屋旅館は原告の個人営業となり、今日に至っている。
6 安田屋旅館の玄関の建物の一部の敷地及び駐車場として利用されているロの土地は相原浩二の所有であり、昭和四〇年五月二一日静岡地方裁判所沼津支部で、株式会社安田屋旅館、原告らと相原浩二との間で、右玄関の一部(別紙B図面赤線上の部分)を収去してロの土地を昭和四七年三月末日までに明渡す旨の調停が成立した。
7 本件建物は、元久治郎名義で、昭和三九年ころまでは原告の母が営業する喫茶店として利用されていたが、昭和四二年八月ころから東海自動車株式会社に賃貸され、バスの営業所として使用されていた。
本件建物は木造一部二階建で、登記簿上は旅館兼休憩所となっている。
8 被告は、昭和四二年五月八日東海汽船株式会社から本件土地の北側に隣接するハの土地をハの土地上の建物を含めて買受けたが、土地の売買代金は坪五万六〇〇〇円相当であった。
9 昭和四二年夏ころ、駿豆鉄道株式会社の元社員であった林喜六が原告と被告の仲介者となり、本件土地の売買の話が進められたが、売買契約の直前になって、原告から原告側に未解決の相続問題があるので本件土地を売却することはできない旨の申し入れがあったため、将来的には本件土地も売買する含みを残したうえ、本件建物についてのみ売買契約を締結し、本件土地については賃貸借契約を締結することになった。
10 昭和四二年一二月二〇日、原、被告間で本件土地の賃貸借契約及び本件建物の売買契約が締結されたが、土地賃貸借契約書及び不動産売買契約書の案文はいずれも被告側で作成し、原告はこれを数日間保管して確認のうえ押印した。
11 本件土地の土地賃貸借契約書(<証拠>)第一条には、「原告は本件土地を被告の経営に係る事業用施設用地として堅固な建物の所有の目的を以って被告に賃貸する。」旨記載されている。
本件土地の使用目的については、当時、被告側は将来ハの土地と併せてホテル等を建設することがあり得ると考えていたことから、被告の当時の開発事業部用地担当者である渡辺昌次(以下、「渡辺」という。)から原告に対して事業用の施設を作る計画がある旨説明され、原告もこれを了承したことから右のとおり堅固の建物の所有目的であることが合意されたもので、土地賃貸借契約書第二条には、「本件土地を被告が被告の資本系列内の関係会社の事業の必要性に鑑み、その会社に本件土地又はその一部を使用収益せしめる場合、被告は原告にその申出・承諾を要することなく、譲渡、転貸することができることを原告は被告に承諾する。」旨が、第三条には、「原告は被告が本件土地を使用収益するため、本件土地に必要な事業施設を設けること、またその施設の大小の修繕及び新増改築をするについて被告の任意とすることを被告に保証する。」旨記載された。
12 土地賃貸借契約書第四条には、「本件土地に係る賃貸借期間は本契約日を起算日として二〇年間とする。期間到来日の六ケ月以前に原告、被告は互にその異議を申立てない場合、本契約は同一条件にて更に更新するものとする。」旨記載されている。
右の賃貸借の存続期間二〇年は、被告からの申し入れを原告も了承して合意されたものであるが、被告側は将来的には本件土地を買取るか少なくとも更新されるであろうと考えて右の様に申し入れたもので、渡辺においてもこれが借地法に抵触することは当時知らなかった。
13 土地賃貸借契約書第五条において、本件土地の賃料は年額金九〇万円と合意されたが、昭和四八年一月二五日に同年一二月二〇日以降年額金一五〇万円と、昭和五九年一二月二〇日に同日以降年額金二〇〇万円とそれぞれ改定された。
14 土地賃貸借契約書第六条において、本件土地賃貸借契約の保証金は金七〇〇万円と合意され、契約締結日に被告から原告に預託されたが、右保証金額は本件土地の当時の地価の約六五パーセントに相当するもので、当時沼津市内浦付近においては土地の賃貸借契約に際して保証金を預託するのは未だ一般的な慣行ではなかった。
15 原、被告間で、本件建物の売買代金は金三四〇万円と合意されたが、久治郎が被告から借受けた前記金五〇万円の債務のうち、金四〇万円が返済されていなかったことから、原告が右未返済金四〇万円の債務を相続し、本件建物の売買代金のうち金四〇万円と相殺する合意も成立した。
16 本件土地の被告の賃借権は昭和四二年一二月二六日登記され、前4記載の抵当権は昭和四三年一月一三日抹消登記された。
17 被告は、昭和四三年秋ころから本件建物でハマチ亭という名称のグリルを営業し、昭和四四年七月からハの土地で三津水族館海獣園を営業するようになったが、昭和五二年五月に近隣で三津シーパラダイスの営業を始めると、ハの土地は客の駐車場として使用されるようになり、本件建物は従業員の宿泊施設として、或はシーパラダイスの管理上の保管庫・観光写真の現像所として使われるようになり、本件土地の一部は従業員用の駐車場として使用されている。
18 被告は、昭和五九年末ころから昭和六〇年始めころにかけて本件建物を補修したが、原告は同年二月一二日ころ原告代理人を通じて本件土地の賃貸借契約は期間満了時に更新を拒絶する旨通知し、昭和六二年三月三一日ころ同様の通知をした。
19 ロの土地の所有者である相原は、原告に対してロの土地の明渡しを求めているが、原告が提案している本件土地を更地にしてロの土地と交換することについては了承している。
第二当裁判所の判断
一本件土地の賃貸借目的について
前第一認定の事実によれば、本件土地の賃貸借目的は堅固の建物の所有を目的とするものと認めるのが相当である。
原告は、堅固の建物の所有を目的とするか否かは、建物の種類及び構造によって決まり、それを判断するについて現実の利用状況も参考にすべきであるから本件賃貸借契約は普通建物所有を目的とするものである旨主張するが、堅固の建物所有目的か非堅固の建物所有目的かに関して当事者間に明示の合意がある場合には、現実の利用状況に拘らずその合意によって決せられると解するのが相当であり、本件では第一の11認定のとおり、土地賃貸借契約書に堅固の建物の所有を目的とする旨の明文の記載があるうえ、前第一の9ないし11、14認定の事実をも考慮すれば、本件土地の賃貸借目的が堅固の建物所有目的であることは明らかであるから、原告の右主張は採用できない。
なお、原告は、仮に当初の契約において堅固の建物を所有とする契約と認められたとしても、本件賃貸借契約はその後普通建物所有を目的とする契約に変更された旨主張するが、一般に賃貸借の目的は賃貸借契約の内容によって決まる問題であって、現実の利用状況とは無関係と解されるところ、本件では前記のとおり、土地賃貸借契約書において堅固の建物の所有目的であることが明示されて合意が成立しており、その後被告が堅固の建物を建築しなかったからといって被告が賃貸借の目的を変更することを認容したとも認め難く、本件全証拠によっても賃貸借の目的が変更されたと認めることはできないから、この点に関する原告の主張も採用できない。
二賃貸借の存続期間について
前第一の12認定のとおり、本件土地の賃貸借の存続期間は二〇年と合意されたが、前第二の一認定のとおり本件賃貸借契約は堅固の建物の所有を目的とするものと認められるから、右の存続期間二〇年の合意は、借地法二条の規定に反する契約条件にして借地権者に不利なものに該当し、同法一一条によりこれを定めなかったものとみなされるので、本件土地賃貸借の存続期間は同法二条一項本文により昭和四二年一二月二〇日から六〇年と解するのが相当である(最高裁判所昭和四四年一一月二六日大法廷判決参照)。
三権利濫用の主張について
原告は、被告が賃貸借期間の無効を主張することは禁反言に反し、信義則に反し、権利の濫用であると主張する。
確かに、前第一の10ないし12認定のとおり、本件土地賃貸借契約書の案文は被告作成にかかるもので、堅固の建物所有目的の約定も、賃貸借の存続期間二〇年の約定も被告側からの申し入れによるものであって、原告が当時法律問題に疎く、被告が不動産業も営む企業であること等に鑑みると、被告が賃貸借期間の無効を主張することについて、原告が禁反言、信義則違反の主張をするのも一理あるようにも思われる。
しかしながら、他方、前第一の6、9、11、12、14認定のとおり、本件土地は原、被告間で当初は売買の話が進められていたものが、原告側の未解決の相続問題のため本件土地の賃貸借契約と本件建物の売買契約に変更されたもので、被告側は本件土地はハの土地の隣接でもありいずれ将来は買受けたいと考えていたこと、当時の沼津市内浦付近では異例の高額の保証金が被告から原告に預託されていること、当時被告側で賃貸借の存続期間を二〇年と約定することが借地法に抵触することを殊更知りながら本件賃貸借契約を締結したとは認められないこと、相原浩二とのロの土地をめぐる調停は、本件賃貸借契約の締結前に成立していること等の事情も存するのであつて、これらの諸事情に鑑みれば被告が本件で賃貸借存続期間の無効を主張することが禁反言に反し、信義則に違反し、権利の濫用にあたるとまでは認めることができない。
第三結論
してみれば、本件賃貸借契約は現在も存続中と解されるから、その余の点について判断するまでもなく、本件賃貸借契約の存続期間終了を前提とする原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官仲戸川隆人)
別紙<省略>